アポロ計画捏造説#76 LRO写真から見たアポロの疑惑

アポロ計画捏造説#75 では、LROの疑惑をまとめ、LROミッションの月探査はまちがいなく偽装だったとの結論になりました。

次はLROの写真から見たアポロの疑惑をまとめたいと思います。

私の結論では既にLROは偽装です。
しかし、ネット上にはLROの写真から見たアポロの疑惑が多数あふれているので、それをまとめます。

2009年7月に公開された写真

2009年7月17日にNASAはアポロ11号、14号、15号、16号、17号の写真を公開しました。
軌道修正中のため高度は50km、解像度は1メートルとなっています。

着陸船にはとても長い影が写っています。

実際にアポロ着陸船(15号)の下降段の写真を比べてみると、着陸船も影も形状がおかしいです。

クレーターの縁ぎりぎりに着地しています。

なぜこのような着地点を選んだのでしょう?
しかし、アポロ16号のパノラマ写真を見ても、クレーターは存在しません。


2011年9月に公開された写真

2011年9月6日にNASAはアポロ12号、14号、17号の写真を公開しました。
高度は21km、解像度は0.5メートルとなっています。

アポロ12号
ここで重要になるのは次の3点です。
  • ALSEP equipment: アポロ月面実験パッケージ(※詳細はこちらを参照)
  • Intrepid descent stage: アポロ着陸船下降段
  • Surveyor 3 spacecraft: 無人の月探査機サーベイヤー3号(※詳細はこちらを参照)
アポロ着陸船下降段とサーベイヤー3号の距離は次の写真から分かります。
AS12-48-7091
次にアポロ月面実験パッケージの設置後の写真です。
AS12-47-6918
左側に着陸船の影が映っています。
着陸船で無ければこの影は何でしょうか?


アポロ14号
アポロ月面実験パッケージ(ALSEP)とアポロ着陸船下降段(Antares Descent Stage)との間周辺にはいくつかクレーターが存在します。

アポロ月面実験パッケージ(ALSEP)周辺にはいくつかクレーターがあり、それは上の写真にも写っています。
AS14-68-9405
そしてこちらがアポロ月面実験パッケージ地点から見たアポロ着陸船の景色です。
AS14-64-9097
赤丸印の中に月着陸船は写っています。
ここには一切のクレーターが写っていません。

アポロ17号

アポロ着陸船下降段を拡大してみます。
着陸船の影が明らかに黒塗り加工されています。

また、月面車のタイヤ跡を2本くっきりと見ることができます。
解像度が0.5mであれば、車のタイヤ跡は1ピクセル以下となるので写真では太すぎます。
またタイヤ跡の間隔は2ピクセルか3ピクセル程度になります。
つまりドット表示になるまで大きく拡大して、やっと見えるかどうかのレベルのはずなのです。
高度21kmから撮影したということを再度考慮に入れれば、明らかにおかしいことが分かります。

月面車が最後に停止した場所を拡大してみます。
他の箇所では宇宙飛行士の足跡はくっきりと写っているのですが、最後に月面車から着陸船に戻る足跡がありません。

2012年3月に公開された写真

2012年3月7日にNASAはアポロ11号の写真を公開しました。
高度は24kmとなっています。

アポロ11号
各実験機器まで詳細に写っています。

月着陸船を拡大してみます。
かなり解像度が高く、着陸船の突き出た脚まではっきりと写っています。

そしてこちらが実際の月着陸船の下降段のイメージ図です。
着陸船は写真のような丸い形をしていません。

ここで、2008年に打ち上げられたジオアイ1号という衛星の写真と比べてみます。
左がLROの写真、右がジオアイ1号の写真です。
50kmと書いてありますが、実際には上に書いた通りで高度21kmからの写真になります。
ジオアイは高解像度をうたった人工衛星ですが、これと比べてしまうと最新機器を搭載したLROのカメラの画質が悪すぎます。

※ちょっとジオアイの写真もあやしいですね。


LROの写したアポロ証拠写真にもたくさんの疑惑がありました。

アポロ計画捏造説#77 につづく

参考URL
Wikipedia - ルナー・リコネサンス・オービター / ジオアイ1号
http://www.nasa.gov/mission_pages/LRO/multimedia/lroimages/apollosites.html(2009年7月)
http://www.nasa.gov/mission_pages/LRO/news/apollo-sites.html(2011年9月)
http://www.nasa.gov/mission_pages/LRO/news/apollo-11.html(2012年3月)
http://www.angelfire.com/moon2/xpascal/MoonHoax/LROHoax.HTM
http://www.apollomaniacs.com/apollo/mission_as511_photo_j.htm
https://www.youtube.com/watch?v=OKj5fckUX-c
http://www.nasa.gov/mission_pages/apollo/revisited/#.V-5CuiiLTIU

アポロ計画捏造説#75 LROの疑惑

アポロ計画捏造説#74 では、NASAが打ち上げた月探査機LROについてまとめました。

次はLROの疑惑をまとめたいと思います。

既に #70 アポロ計画以降の月探査計画 でLROの月到達が偽装であることが分かっていますが、それ以外の疑惑をまとめます。

エルクロスの疑惑
エルクロスの月面衝突ミッションをもういちどまとめると下記のようになっています。
  1. 01時50分(UTC)にセントールはエルクロスと分離しました。
  2. 11時31分(UTC)にセントールは時速10000kmの速さで月面に衝突しました。
  3. 11時37分(UTC)にエルクロスは月面に衝突しました。
2つは直径100kmのカベウスクレーターに計画通りに衝突しました。

セントールは推力を持つエンジンを搭載していましたが、エルクロスの推進器は姿勢制御や軌道修正を行うスラスタしか持っていませんでした。

これらから次のことが分かります。

エルクロスの速度と距離 セントールはエルクロスよりも5分先に月面に激突しました。
セントールはロケットエンジンを積んでいたので、あらかじめ加速していたことになります。
両者とも月面に自由落下したので、垂直に落下したと考えるとセントールがあらかじめどれだけ加速していたかを算出することができます。

月の重力加速度: 1.63 m/s^2
時間: 5分 = 300 sec
セントールがあらかじめ加速していた速度: 1.63m/s^2 × 300sec = 489m/s

したがって、エルクロス月面衝突時の速度はセントールよりも 489m/s 遅い速度となります。

エルクロス月面衝突時の速度: 10000km/h(2700m/s) - 489m/s = 2211m/s(時速8000km)

セントール月面衝突時のエルクロスの速度はこの5分前の速度になるため、次の様に算出できます。

セントール月面衝突時のエルクロスの速度: 2211m/s - 489m/s = 1722m/s

これを用いてエルクロスの距離を算出します。

利用サイト: 等加速度運動(所要時間を計算)

パラメータ
加速度 a: 1.63 m/s^2
初速度 v0: 1722 m/s
到達速度 v: 2211 m/s

移動距離 d は 589,950 m (589km) が得られました。

同様にして、セントール月面衝突後20秒後の速度と距離は 1754m/s および 555,830m が得られます。

なお、これは垂直に落下したことを前提として算出していますが、斜めに落下した場合にはさらに速い速度、長い距離となります。

①LCROSS月面到達ミッション動画
動画説明はライブ映像(live feed)と書かれています。
9:00 で"Shepherding Spacecraft impact"と発言しているのでこれはエルクロスとなります。

逆算すると、動画の3~4分ごろにセントールが月面に衝突したことになります。

しかし、動画中セントールの衝突は発言されていません。

そして、こちらが高度約 600km の映像です。
引き続き動画を見れば分かりますが、これはありえません。

また、動画では1つの写真が拡大していくさまを確認できます。
本来ならだんだん精密な映像になるはずですが、だんだん解像度が悪くなります。

②セントール月面衝突20秒後のインパクト写真
上の計算結果より、エルクロスが高度約550kmから撮影した写真となります。
10kmのゲージは妥当な大きさに見えます。

エルクロスもセントールも同じカベウスクレーターに衝突しました。
カベウスクレーターは直径約100kmありますが、あきらかに上の動画とは別の景色です。

そもそもエルクロスはセントールのインパクトを観察するのがミッションでしたが、動画は全くそうなっていませんでした。

③2つの物体が自由落下で計画通りの同じクレーターに衝突できるか?
2つはそれぞれ時速10000km、時速8000kmで月面に衝突しました。
カベウスクレーターは直径約100kmありますが、10時間近く前に切り離され、途中加速処理もおこなってこの速度で月面にたどり着いたことを考えると、現実的に考えて無理があります。


LROミッションの月探査も偽装でした。

アポロ計画捏造説#76 につづく

参考URL
Wikipedia - エルクロス / セントール (ロケット)

アポロ計画捏造説#74 LROについての基本情報

アポロ計画捏造説#73 では、かぐやの疑惑をまとめ、かぐやの月探査はまちがいなく偽装だったとの結論になりました。

今度はNASAが打ち上げた月探査機LROについて調べてみようと思います。

LROについての基本情報
正式名称: Lunar Reconnaissance Orbiter
所属: NASA(アメリカ航空宇宙局)
目的: 月の周回観測
打ち上げ日時: 2009年6月18日
運用終了日: 運用中
ミッション費用: 5億8300万ドル(約589億円)
特徴: 6種類の観測機器と1種類の技術検証を搭載し、高度50kmの月周回軌道で観測を実施。同じロケットで打ち上げられたLCROSSも月軌道に乗り、こちらは10月9日に月面に衝突。

観測項目および機器概要
主な観測項目
観測装置観測内容
CRaTER放射線の影響を測定する宇宙線望遠鏡
月の放射能環境を測定し、生物への影響を調査する。
Diviner月放射計予測実験
将来の月面探査の情報提供をするために、月面の熱放射を測定する。
LAMPライマン-アルファ マッピング計画
水でできた氷を探すため、「太陽系全体に渡って広がるごく薄い水素原子」だけでなく「星によって生成される紫外線」を利用して、永久影のクレーターを調査する。
LEND月探査中性子検出器
測定値の提供、マップの作成、月表面近くの水でできた氷の堆積物の検出を行う。
LOLAルナーオービターレーザー高度計
正確な月面全体の地形のモデル化と測地グリッドの作成に使用する。
LROCルナー・リコネイサンス・オービター・カメラ
着陸サイト確認の測定要件と極地の証明に対応。狭角のプッシュ-ブルーム方式カメラ(NAC)の対と単一の広角カメラ(WAC)で構成される。LROCは幾度に渡りアポロ着陸地点を50kmの高さから写し、高解像度で月面車、月着陸船下降段、またそれらの影や月面に残してきたものまではっきりと確認できる。このミッションで70-100テラバイトの画像データを送信した。これらの写真はアポロ着陸の妥当性に対する認識を一般に広め、アポロ陰謀説の疑惑を将来的にも否定できることが期待されいる。
Mini-RFミニチュア無線周波数レーダー
新しいSARと通信技術の実証を行い、潜在的な水でできた氷を探す。

機器概要
ルナー・リコネサンス・オービター
サイズ: 3.9m×2.7m×2.6m(縦×横×高さ)
重さ: 1.9トン(燃料含む)
軌道: 近点 20km、遠点 165km
2009年6月18日に打ち上げ。
2009年6月23日に月軌道投入。

エルクロス(LCROSS)
重さ: 621キロ
主な推進器: ヒドラジン1液スラスタ
軌道: 37日周期
2009年6月18日に打ち上げ。
2009年6月23日に軌道投入。
2009年10月9日に月面衝突。

エルクロスの月面衝突ミッション
エルクロスは10月9日に月面に衝突しました。
この時、エルクロスの上段ロケットセントールを切り離し、先に月面に衝突させ、舞い上がった塵の観測とデータ収集を行いました。
  1. 01時50分(UTC)にセントールはエルクロスと分離しました。
  2. 11時31分(UTC)にセントールは時速10000kmの速さで月面に衝突しました。
  3. 11時37分(UTC)にエルクロスは月面に衝突しました。
当初はカベウスAが目的地点だと公表されたのですが、後により大きいカベウスクレーターに訂正されました。
LCROSSが撮影したセントール衝突時の写真
月の南極近くにあるカベウスクレーターに衝突しました

LROの結果
  • 2009年7月11~15日:アポロ11号、14号、15号、16号、17号の着陸跡を撮影(高度50km)
  • 2009年9月30日:サーベイヤー1号の着陸跡を撮影
  • 2009年10月9日:エルクロスおよびセントールの月面衝突。月に大量の水が存在すると発表。
  • 2010年9月7日:月面に「天然の橋」の確認・撮影に成功
  • 2010年12月17日:月の地形図を一般公開
  • 2011年9月6日:アポロ12号、14号、17号の着陸跡を撮影(高度21km)
  • 2014年1月29日:LROの9km下を通過したLADEE探査機の写真を公開(1月15日撮影)
  • 2015年3月:2013年3月17日に地球から観測されたフラッシュインパクトの発生場所の画像化を報告。前後の写真よりこの衝撃でクレーターが作成されたことを発見。
  • 2015年9月:月面の3/4近くを高解像度で撮影し、3000以上のローブ状の崖(Lobate Scarp)を写した。専門家の調査で地球の潮の満ち引き同様月の収縮で作られたと提案された。
  • 2016年3月:14,092対のNAC写真から、47000以上の新しい斑点を発見した。
月の表側の写真
月の裏側の写真
アポロ計画捏造説#75 につづく

参考URL
Wikipedia - ルナー・リコネサンス・オービター / Lunar Reconnaissance Orbiter
Wikipedia - エルクロス / LCROSS

アポロ計画捏造説#73 かぐやの疑惑

アポロ計画捏造説#72 では、 JAXAが打ち上げた月探査機かぐやについてまとめました。

次はかぐやの疑惑をまとめたいと思います。

かぐやが使った技術「月遷移軌道およびスイングバイ」が架空のものであるため、既にかぐやの月到達が偽装であることが分かっていますが、それ以外の疑惑をまとめます。


月周回軌道投入操作
かぐやは月周回軌道に乗せるため、10月4日に月周回軌道投入マヌーバという操作を行いました。図の一番右上の操作です。
この操作では宇宙船(かぐや)を減速し、月を周回する速度(月の第一宇宙速度から第二宇宙速度の間)に調節しました。

地球周回軌道から月軌道へ投入するための軌道制御
JAXAのサイトより引用
しかし、宇宙船は月の公転速度に比べてはるかに遅い速度で月に向かっていました。
月の周回軌道に宇宙船を載せるには、宇宙船は月の公転速度と一致させ、その上で月を周回する速度に合わせなければなりません。

つまり、宇宙船は月に対して加速操作をする必要がありました。

したがって、この操作は明らかに間違っています。


おきなとおうなの月面への落下
おきなは10月9日に切り離され、遠月点高度2,400 kmの月周回楕円軌道へ投入しました。
おうなは10月12日に切り離され、遠月点高度800 kmの月周回楕円軌道へ投入しました。

おきなは半年で月面に落下しました。反対におうなはその後数年間周回する見込みとなっています。

しかしおきなの方が大きな楕円を描いており、速度は速く、より強い遠心力を持っていました。外的要因がないのであれば、引力に引っ張られて減速し月に落下するのはおうなが先です。

したがって、この事実には矛盾があります。


おきなとおうなの姿勢制御
おきなもおうなも姿勢制御およびスラスタモータを持っていませんでした。したがって、切り離し時に無回転ならそのままだし、回転してしまったら回転されたままでした。そのようなことに対する対策なしに一切の不具合なく通信ができていたのは異常です。


高度100kmからの計測
かぐやは月面上空の高度100kmから観測を行いました。
月レーダーサウンダ (LRS)、レーザ高度計 (LALT)、スペクトルプロファイラ(SP)といった計測機器は電波やレーザーを月表面に放ち、反射して返ってきた波長を受け取って計測しました。
したがって、月面に対する機体の角度(姿勢)や回転を正確に把握し、、正確に真下に電波を放つ必要があります。

地球を周回する人工衛星では次のようにして姿勢制御を行っています。
地球大気中の二酸化炭素が放射する赤外線を検出することにより地球を認識し、地球の中心方向とのずれ角やピッチ角/ロール角を出力し、人工衛星の姿勢制御に役立ちます。
NEC - 姿勢制御系装置 「地球センサ」 参照

月では大気がないため、同様の手法が使えません。

したがってハイビジョンカメラや地形カメラなどの映像データの傾きや動きから姿勢を判別するしかありませんが、100km上空の映像データではブレが大きく、正確な測定のための正確な姿勢の把握は不可能です。

真空の月面でのこのような測定は不可能です。
レーザー高度計(LALT)の観測の原理
JAXAのサイトより引用

マリウス丘の発見
かぐやはマリウス丘で次のような発見をしました。

月の表側にある嵐の大洋の西部にある「マリウス丘」に、直径65メートル、深さ80~90メートルの縦穴(マリウスヒルズホール)を発見した。穴に差し込む太陽光と影を分析した結果、この縦穴の下には、横幅370メートル、内高20~30メートルのトンネルが存在することが明らかになった。トンネルは、長さ数十キロメートルに及ぶ地下の溶岩洞窟である可能性があり、将来の月基地の候補になるという。

仮に高度50kmの高さから調査をしたとして、「直径65メートル、深さ80~90メートルの縦穴」の、「穴に差し込む太陽光と影の分析」から、「縦穴の下には、横幅370メートル、内高20~30メートルのトンネルが存在する」ことを発見することは不可能です。
しかも、該当の記述のソース資料は削除されており存在しませんでした。


地形カメラ(TC)の立体視の仕組みを参考に載せておきます。
地形カメラ(TC)の観測の原理
JAXAのサイトより引用

地形カメラにより作成された月面映像とハイビジョンカメラの画質が同じ
地形カメラ(TC)で撮影されたデータを元に作成された3Dグラフィックスの映像。

ハイビジョンカメラ(HDTV)で撮影された月面映像。

この2つの月面映像の画質は一緒です。

ハイビジョンカメラ(HDTV)もコンピュータグラフィックス映像です。


かぐやの月探査は偽装でした。

アポロ計画捏造説#74 につづく

参考URL
Wikipedia - かぐや
http://www.jaxa.jp/press/2007/10/20071005_kaguya_j.html
http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n396173

アポロ計画捏造説#72 かぐやについての基本情報

アポロ計画捏造説#71 では、 NASAとJAXAの関係について調べ、NASAとJAXAは運命共同体ということをまとめました。

今度はJAXAが打ち上げた月探査機かぐやについて調べてみようと思います。

かぐやについての基本情報
正式名称: SELENE(かぐやはニックネーム)
所属: JAXA(宇宙航空研究開発機構)
目的: 月の周回観測
打ち上げ日時: 2007年9月14日
運用終了日: 2009年6月11日
特徴: 14種類の観測機器を搭載し、月面から高度100kmの月周回観測軌道で観測を実施。

観測項目および機器概要
主な観測項目
探査項目観測装置観測内容
月面元素組成探査蛍光X線分光器(XRS)
γ線分光器(GRS)
月面元素分布
月面鉱物組成探査マルチバンド・イメージャー(MI)
スペクトル・プロファイラー(SP)
月面鉱物分布
月面地形・地下構造探査地形カメラ(TC)
レーザー高度計(LALT)
月レーザー・サウンダー(LRS)
地形探査

月表層探査
月重力場探査リレー衛星中継器(RSAT)
VRAD衛星電波源(VRAD)
重力分布
月周辺環境探査磁力計(LMAG)
プラズマ観測機(PACE)
粒子線計測器(CPS)
月電波観測装置(RS)
磁気分布
電子・イオン分布
宇宙船・宇宙放射線粒子
月電離層探査
地球環境観測プラズマ・イメージャ(UPI)地球電離圏・磁気圏・オーロラ
広報カメラハイビジョン・カメラ(HDTV)「地球の出」撮影、ほか

機器概要
主衛星(かぐや)
サイズ: 2.1m×2.1m×4.2m(縦×横×高さ)
重さ: 1.6トン
エンジン: 500Nメインエンジン1台、20Nスラスタ4本×3系統、1Nスラスタ4本×2系統
高度100km、約2時間で月を一周する軌道で観測。
2008年11月1日から後期運用に入り、高度50kmで周回。
2009年6月11日に月の表側に制御落下。

リレー衛星(おきな)
サイズ: 直径1m、高さ0.65m
主衛星が月の裏側にいる間の電波中継。
姿勢制御装置やスラスターモータは非搭載。
10月9日に分離され、月周回軌道(約100km×2400km)に投入された。
2009年2月12日に月面に落下。

VRAD衛星(おうな)
サイズ: 直径1m、高さ0.65m
姿勢制御装置やスラスターモータは非搭載。
主衛星、リレー衛星、VRAD衛星間のVLBI測定と電波送信源の役割を実施。
10月12日に分離され、月周回軌道(約100km×800km)に投入された。
2009年6月29日に電源停止、その後数年間周回を続ける見込み。

月周回軌道への投入手順
  1. 地球周回軌道を脱し、月への遷移軌道に乗せる。
  2. 月遷移軌道に乗った「かぐや」は、やがて月の公転軌道に達する。
  3. 「かぐや」が、月の公転軌道に到達したところに、「かぐや」より10倍も速い速度でタイミングよく月がやってくる。
  4. 「かぐや」は月の重力に引っ張られるかたちで月にとらえられる。
  5. 「かぐや」は500Nのメイン・エンジンを噴射して減速操作で月を巡る周回軌道に乗る。
月周回軌道への投入作業は、10月4日午前5時55分頃から開始し、約25分間のメイン・エンジン噴射で減速。見事に月にとらえ、6時20分に完了した。
月の科学―「かぐや」が拓く月探査(P272)

かぐやによる成果
  • 月南極のシャクルトン・クレーターには露出した氷(水の氷)がほとんど存在しなかった。
  • 月の裏側のモスクワの海などの形成時期が従来の推定よりも5億年以上若いことを明らかにした。
  • 月の最高峰は10.75キロメートル(従来の値を約3キロ上回る)、最深部がマイナス9.06キロメートルであることが分かった。
  • ハイビジョンカメラによる「満地球の出」、「月面」、および月から見た地球の「ダイヤモンドリング」の撮影に成功した。
  • 月の裏側の重力異常の観測に成功し、ジャイアント・インパクト説の信憑性が高まった。
  • 月に永久日照領域が存在しないこと、月に永久影が存在することを明らかにした。また地形データより月の水を発見した。
  • 「ハロー」と呼ばれるアポロ15号 (LM) の噴射跡を観測した。
  • 月面からウランを検出した。
  • 制御落下に成功し、将来の月面着陸型無人探査機の投入に向けた技術的検証が行われた。
  • 月の表側にある嵐の大洋の西部にある「マリウス丘」に、横幅370メートル、内高20~30メートルのトンネルが存在することが明らかになった。
「ハロー(噴射跡)」とみられる付近の地形カメラの拡大画像
(左図は、1km四方の画像。赤い円が「ハロー(噴射跡)」と考えられる場所。)
JAXAのサイトより

かぐやが撮影したHD動画

アポロ計画捏造説#73 につづく

参考URL
Wikipedia - かぐや
http://4d2u.nao.ac.jp/t/var/download/LunarTopography.html
http://sorae.jp/030201/5202.html
月の科学―「かぐや」が拓く月探査

アポロ計画捏造説#71 NASAとJAXAの関係

アポロ計画捏造説#70 では、 アポロ計画以降の月探査計画についてまとめ、NASAのLROやJAXAのかぐやを含むすべての月探査ミッションが偽装だということが分かりました。

次にNASAとJAXAの関係について調べてみたいと思います。

どうしてそう思ったかというと、1976年のルナ24号以降の月探査ミッションをまとめましたが、かぐやが一番最初にアポロの痕跡を写していたからなのです。

ミッション名 機関 打ち上げ日 ミッション終了日 目的 特記事項
(主にアポロとの関わり)
かぐや
JAXA
2007.9
2009.6
月周回軌道
アポロ15号噴射跡撮影(2008.5)
LRO
NASA
2009.6
月周回軌道
アポロ着陸地点撮影
(2009.7 / 2011.9)


NASAとJAXAの比較


NASAJAXA
名称アメリカ航空宇宙局
(National Aeronautics and Space Administration)
宇宙航空研究開発機構
(Japan Aerospace eXploration Agency)
アメリカ日本
目的平和的な利用だけでなく軍事的な目的も持つ平和的な利用
予算180億ドル(1.8兆円) ※2099億円 ※
人員17,900人 ※1524人 ※
設立1958年2003年
宇宙開発事業団/航空宇宙技術研究所/宇宙科学研究所と統合
※2015年度

軍事的なミッションなども持っているからだと思いますが、NASAはJAXAの10倍近い規模となっています。


NASAとJAXAの技術的な関わり

人工衛星技術のアメリカからの技術供与
1970年に宇宙開発事業団は日本初の人工衛星おおすみの打ち上げに成功しました。一方、事業団の実用液体ロケットエンジンの開発は遅れていました。そこで事業団は、米国と協定を結び、平和利用と輸出禁止を条件に技術供与を受けることになりました。技術格差から日本側に不利な条件での協定となったのですが、おおすみの成功によって自力での衛星打ち上げが可能であることを証明したため、米国もかなり譲歩することとなりました。
この協定によって宇宙開発事業団は独自ロケット開発計画であるQ計画・N計画を諦め、米国の技術供与とライセンス生産によって技術を習得する新N計画を進めることになりました。

その後、日本のロケット技術はアメリカの管理下になりました。
具体的には打ち上げの際には米国の許可が必要であったり、一部技術がブラックボックスで習得出来ないなどの弊害がありました。

純国産H-IIロケットができたのは1994年のことでした。


人工衛星のNASAの協力
ゆりやBS-3Hなどの多数の人工衛星がNASAの打ち上げ施設で打ち上げられました。
TRMM(熱帯降雨観測衛星)、あすか、ひのでなどはNASAと合同ミッションで行われました。
みどりなどの観測衛星の計測装置はNASAのものも多数利用されました。
情報収集衛星はNASAやNORADで公開された情報の転載もしました。
宇宙実験・観測フリーフライヤの回収はNASAの協力のもと実施しました。

国際宇宙ステーション
国際宇宙ステーション(ISS)はアメリカ、ロシア、日本、カナダ及び欧州宇宙機関 (ESA) が協力して運用している宇宙ステーションとなっています。1999年から軌道上での組立が開始され、2011年7月に完成しました。現在も運用中となっています。

中国はISSの参加を打診したことがあると発言しているが、実現していません。
インドもISSへの参加を希望しているが、他の参加国の反対のため実現していません。

※ISSにも偽装ではないかという陰謀論が存在します。


火星調査用ロケットのエンジンの共同開発
2013年7月のニュースによると、2020年以降のNASAの有人宇宙船や火星探査用ロケットに三菱のロケットを採用するようNASAとJAXAが交渉していると報道されました。技術面における動作の一致や多大な信頼性が要求されますから、実質共同開発ということとなります。


アポロ計画と同じ技術を使用したミッション

アポロ計画のために作られた架空の技術を用いて行われたミッションです。
スイングバイはアーサー・C・クラークが考えたSF上の設定です。(※アポロ計画捏造説#68 参照)
月遷移軌道はファンタジーです。(※アポロ計画捏造説#70 参照)

さきがけ / すいせい
2つともハレーすい星探査機。
さきがけは1985年1月、すいせいは1985年8月に打ち上げられました。
さきがけは日本の探査機では初の地球スイングバイを実現しました。また月スイングバイも実施しました。

この時はまだアメリカの管理下にありました。
ここから日本の偽装が始まったのかもしれません。

ひてん
月探査機。
1990年1月に打ち上げられました。
月スイングバイを実施しただけでなく、軌道を変える2重月スイングバイというのも実施しました。

この時もまだアメリカの管理下にありました。

ひてんで行われたスイングバイの技術は、GEOTAIL(ジオテイル)、のぞみ、はやぶさに継承されました、とも説明されています。
つまり、これら3つのミッションも偽装ということになります。

GEOTAIL(ジオテイル)
磁気圏観測衛星。
1992年7月に打ち上げられました。
ひてんのスイングバイの技術を応用しています。
NASAとの国際協力で行われました。

のぞみ
火星探査機。
1998年7月に打ち上げられました。
ひてんのスイングバイの技術を応用しています。
2度の月スイングバイと地球パワードスイングバイを実施しました。
NASAは1976年のバイキング1号から複数回にわたり火星探査ミッションを行っていました。
なお、一番初めに火星に到着したのは、1973年のソ連のマルス3号となっています。

はやぶさ
小惑星探査機。
2003年5月に打ち上げられました。
ひてんのスイングバイの技術を応用しています。
地球重力圏外からのサンプルリターンに成功しました。
このミッションでは、多数NASAが支援を行っています。
  • NASAはJAXAなどと共同で、観測用航空機「DC-8」から19台のカメラで「はやぶさ」の大気圏再突入を撮影しました。
  • 回収後のカプセルのキュレーション作業もNASAと共同で実施しました。
  • NASAの支援としてはこのほかに、ディープスペースネットワークによるはやぶさの追跡支援、エイムズ研究センターの大型加熱風洞を用いた再突入カプセルの耐熱シールド試験がありました。
  • 回収した粒子は初期分析のため各研究機関に配付された他、NASAや公募によって決まった各国の研究機関でより詳細な分析を行ないました。

あかつき
金星探査機。
2010年5月に打ち上げられました。
金星でパワードスイングバイを実施しました。
金星周回軌道投入では20分の噴射を実施し実現しました。
NASAはマゼランが1989年から1994年にかけて金星探査を行っています。

はやぶさ2
小惑星探査機。
2014年12月に打ち上げられました。
地球でスイングバイを実施しました。(ひてんのスイングバイの技術の応用)
2020年末に地球へ帰還する予定となっています。


兄弟ミッション

ひのとりとソーラーマックス
太陽を観測するための地球周回の人工衛星。
  • NASA(ソーラーマックス)は1980年2月から1989年12月までの間観測を実施しました。
  • JAXA(ひのとり)が1981年2月から1991年7月までの間観測を実施しました。
これらのミッションは特に疑惑はないです。

かぐやとLRO
無人探査機による月探査。
  • NASA(LRO)は2009年6月に打ち上げられ、アポロの各ミッションの着陸跡を写真に収めました。
  • JAXA(かぐや)は2007年9月に打ち上げられ、アポロ15号の着陸跡を写真に収めました。
これらのミッションは偽装であることが分かっています。(※アポロ計画捏造説#70 参照)

はやぶさ2とオシリス・レックス
アポロ群に分類される地球近傍小惑星の探査。両者ともサンプルリターンを目的としています。
  • JAXA(はやぶさ2)は小惑星リュウグウを探査。2014年12月に打ち上げ、往復5年かけて実施予定。
  • NASA(オシリス・レックス)は小惑星ベンヌを探査。2016年9月に打ち上げ、往復7年かけて実施予定。
JAXAとNASAは、はやぶさ2とオシリス・レックスで回収したサンプルをシェアすることで2014年11月17日に両宇宙機関長が協定に署名しました。

これらのミッションも上で述べた通りで、偽装になります。


考察

はじめ日本はアメリカのロケット技術を求めて、アメリカの管理下になることを応じたんですね。
引き換えに日本も偽装に手を染めることとなりました。
日本もハレーすい星探査、月探査、火星探査、金星探査と、多数の偽装が行われました。

結局のところ、JAXAも多数偽装をしており、NASAのアポロ計画の疑惑を消すのに全力で協力せざるを得ないということです。

NASAとJAXAは運命共同体ということが分かりました。

かぐやが撮影した地形カメラ立体視の写真(ねつ造)とアポロ宇宙飛行士の撮影画像(ねつ造)。

アポロ計画捏造説#72 につづく

参考URL
Wikipedia - アメリカ航空宇宙局 / 宇宙航空研究開発機構 / 宇宙科学研究所 / 航空宇宙技術研究所 / 宇宙開発事業団 / N-Iロケット / N-IIロケット / H-Iロケット / はやぶさ (探査機)  / みどり_(人工衛星) / 国際宇宙ステーション / はやぶさ2オシリス・レックス 他
http://jp.sputniknews.com/japanese.ruvr.ru/2013_07_15/nasa-jaxa-kasei-misairu/
http://www.jaxa.jp/press/2008/05/20080520_kaguya_j.html

アポロ計画捏造説#70 アポロ計画以降の月探査計画

アポロ計画捏造説#69 では、 スタンリー・キューブリックについてまとめました。

今度はアポロ計画以降の月探査計画についてまとめようと思います。

アメリカのアポロ計画と同時期に月探査を行ったソ連のルナ計画については既にまとめました。(※アポロ計画捏造説#61 ソ連側の宇宙開発の基礎知識 参照)

したがって、1976年のルナ24号以降のミッションになります。

月探査ミッション一覧

ミッション名 機関 打ち上げ日 ミッション終了日 目的 特記事項
(主にアポロとの関わり)
ひてん
ISAS
※JAXAの前身
1990.1
1993.4
月周回軌道
アポロと同じ軌道力学を使っている ※1
クレメンタイン
NASA
1994.1
1994.6
月周回軌道
ルナ・プロスペクター
NASA
1998.1
1999.7
月周回軌道
スマート1
ESA(欧州宇宙機関)
2003.9
2006.9
月周回軌道
かぐや
JAXA
2007.9
2009.6
月周回軌道
アポロ15号噴射跡撮影(2008.5)
嫦娥1号
中国
2007.10
2009.3
月周回軌道
チャンドラヤーン1号
インド宇宙研究機関
2008.10
2009.8
月周回軌道
アポロ15号着陸跡撮影(2009.9)
LRO
NASA
2009.6
月周回軌道
アポロ着陸地点撮影
(2009.7 / 2011.9)
嫦娥2号
中国
2010.10
月周回軌道
アポロ11号着陸跡撮影(2012.2) ※2
GRAIL
NASA
2011.9
2012.12
月周回軌道
LADEE
NASA
2013.9
2014.4
月大気研究
嫦娥3号
中国
2013.12
2014.7
月面軟着&月面車
ランダーにプルトニウム238のRTGを使用 ※3

※1 #32 WikipediaのTrans-lunar injection(月遷移軌道投入)を訳してみました 参照

※2 嫦娥2号のアポロ11号着陸跡の写真は中国の意向により非公開
(※Wikipedia - Third-party evidence for Apollo Moon landings 参照)

※3 プルトニウム238のRTGを使用については既に疑惑あり
(※#67 プルトニウム238の原子力電池を使った宇宙開発 参照)


考察

全ての月探査ミッションはアポロ計画やルナ計画を成功事例として追随しており、軌道力学は当時発表された内容をそのまま採用しています。電源はソーラーパネルを使用するようになったことで実質無期限に利用できるようになりましたが、その他の月飛行のための技術は基本的なところは大きく変わることなく月探査ミッションは行われています。

しかし、ソ連が初めて月への探査機の到達を発表した1959年から、米ソ宇宙開発競争の終了した1976年のルナ24号まで、人類はおろか一切の探査機も月に到達することはありませんでした。(※アポロ計画捏造説#62 ねつ造派の視点で見た米ソ宇宙開発競争 参照)

したがって、下記にまとめた軌道力学はすべて架空のものであり、ファンタジーです。
※これらの軌道は軌道力学上では月-地球間を運航する航路の役目を果たしています。
※自由帰還軌道については既に指摘済み(※#34 月への軌道や宇宙速度のこと 参照)

このことから言えることは、NASAのLROやJAXAのかぐやを含む上記のすべての月探査ミッションは偽装だということです。

アポロ計画捏造説#71 につづく

参考URL
Wikipedia - 月探査
Wikipediaの各ミッション
Wikipedia - Third-party evidence for Apollo Moon landings

アポロ計画捏造説#69 スタンリー・キューブリックについて

アポロ計画捏造説#68 では、 アーサー・C・クラークについてまとめました。

今度はスタンリー・キューブリックについてまとめようと思います。


スタンリー・キューブリックとは
アメリカの映画監督、脚本家、プロデューサー、編集者、写真家。のちにイギリスに移住しました。1928年生まれ、1999年没。ハリウッドの映画の歴史の中で最も影響力のある監督の一人として挙げられています。イギリス・ハートフォードシャーの自宅で心臓発作で息を引きとったとされているのですが、正式な死因は明らかにされていません。 キューブリックの死は彼の監督作品「アイズ ワイド シャット」の試写会5日後の事でした。
キューブリックは2つの陰謀論でよく話題にあがります。1つはアポロ月面着陸の偽装で、もう一つはイルミナティの関与です。


概要
26歳の時、ジェームス・B・ハリスと組み、ハリス=キューブリック・プロダクションズを設立しました。

映画「スパルタカス」(1960年)の大成功をきっかけに有名監督になりましたが、ハリウッド・メジャーの製作システムに愛想をつかして1961年にイギリスに渡りました。

SF三部作と呼ばれる「博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」(1964年)、「2001年宇宙の旅」(1968年)、「時計じかけのオレンジ」(1971年)の成功で、世界の批評家から映像作家としての才能を認知されるようになりました。


バリー・リンドン(1975年)の撮影では室内シーンの撮影に特殊なハイスピードF/0.7 ツァイス社製カメラレンズを使いました。これはNASAが衛星写真を撮影するために開発されたものでした。映画製作者や評論家の間で、バリー・リンドンは彼の最高傑作の一つと考えられています。

12年ぶりの監督作品となった「アイズ ワイド シャット」(1999年)の完成後、公開を待たずに心臓発作で死去しました。70歳でした。
公開日の1996年7月16日はアポロ11号が発射されたちょうど30周年にあたる日でした。

「完全主義者」といわれ、特に晩年は映画製作に非常に時間がかかることでも有名でした。


2001年宇宙の旅
キューブリックは「2001年宇宙の旅」(1968年)の制作に5年かけました。SF作家のアーサー・C・クラークの小説「少年時代の終わり」(1953年)に非常に感銘を受け、1964年にニューヨークでクラークに会い、1948年の短編小説「センチネル」で一緒に仕事をすることを提案しました。その年、クラークは小説「2001年宇宙の旅」を書き始め、脚本はキューブリックとクラークとが共同で書きました。

キューブリックは未来がどのように見えるかということについて精度と細部に特に注意を払い、映画の研究に多くの時間を費やしました。正確さを求めレンジャー9号のミッションで使われた宇宙船を観察する許可をNASAから得ました。1965年12月に月面上のモノリスの発掘シーンから撮影を開始し、1967年始めにナミブ砂漠で撮影された猿のシーンはその年の夏に終わりました。特殊効果チームは1000万ドルのコストをかけて、撮影を完了する年の終わりまで努力し続けました。2001年宇宙の旅はシネマスペクタクルと評価され、スーパーパナビジョン70フィルムで劇場公開され、画期的な特殊効果により「想像と科学の見事な融合」を視聴者に与えました。キューブリックは彼一人でオスカー、視覚効果のアカデミー賞、を受賞しました。

1968年にリリースされたとき、2001年宇宙の旅は多数の批評家もいてすぐにはヒットしませんでした。彼らは会話がほとんどなく、進行が遅く、一見不可解なストーリーといったことを指摘しました。映画はジャンルの慣習を無視し、かつてあったSF映画とはかけ離れており、キューブリックの今までの映画やストーリーとも明らかに異なっているかのように見えました。始めは批判的な意見だったにも関わらず、2001年宇宙の旅は徐々に人気を得、1972年終わりには世界中で3100万ドルの収益がありました。今では、かつてあった映画の中で最も偉大で影響のある映画の一つと広く考えられており、All Time Top 10 listsの常連となっています。


アポロ月面着陸の偽装
キューブリックが亡くなって以降、多大な時間をかけて彼の映画を掘り下げ、三角形と円形で作られる難解な図、すなわちプロビデンスの目を見つけ出しました。キューブリックに関する多数の陰謀論が生まれ、最も注目すべきは、アポロ月面着陸を監督するために雇われたというもの、シャイニング(1980年)の中で自白のコードを隠しているというものです。コードは3つの手がかりがあり、双子のグラディがジェミニのサインに似ている(ジェミニはアポロ計画の姉妹プログラム)、タイプライターのシーンで "All" の文字が "A-11" に見える、ダニーが "Apollo-11 USA" のシャツを着ているシーンがある、というものです。
Michael Wysmierski を含む他の理論家たちはそれに追随し、Michael は The Shining Code という YouTube ビデオで Jay Weidner と似た理論を説明しました。

いたずらの記事やモキュメンタリー

Jay Weidner が真剣にこの理論を推進しているのに先立って、2人のいたずら者がキューブリックは月面着陸を偽装したと完全にふざけて提案しました。しかし中にはそれを冗談とは思わない人がいました。1995年、Usenet のグループ alt.humor.best-of-usenet はキューブリックが月面着陸を偽装したと主張する記事を出しました。冗談ではなく、キューブリックは「静かの海」(実際に月面上に存在する地名)で実際に撮影を行ったと主張するコメントがいろんなところで現れました。それにもかかわらず、ねつ造論派であるクライド・ルイスはまるで本格的に書かれていたかのようにこの記事を引用しました。

フランスのモキュメンタリー「Dark Side of the Moon」が2002年にウィリアム・カレルによって作られました。キューブリックの義理の兄弟ジャン・ハーランと妻のクリスティアンヌ・キューブリックがこれに協力して作成され、「キューブリックがニクソン政権の強い要請で月着陸を偽装した」と提案しました。全ての映像はヘンリー・キッシンジャーやドナルドラムズフェルド風の男が事情を取り上げて引用し、キューブリックの映画にちなんで名づけられた他のインタビュー者の存在は映像が偽装であることを暴露しています。
※モキュメンタリー:架空の人物や団体、虚構の事件や出来事に基づいて作られるドキュメンタリー風表現手法です。


イルミナティの関与
次のようなストーリーがあります。
キューブリックは巨大なフリーメーソン - イルミナティ陰謀の一部であり、フィルムの中でその存在の手がかりを隠すために映画監督のキャリアをささげました(スパルタカスとバリー・リンドンを除く)。結局イルミナティは最後の映画である「アイズ ワイド シャット」で最後の一線を越えることを決め、キューブリックを暗殺しました。(※フリーメーソンについては アポロ計画捏造説#43 を参照)

一般的に、キューブリック - イルミナティ理論は、特定のシーン(通常はより抽象的で、視覚的効果があり、神秘的に見えるもの)を分析することで出てくる些細なものを取り上げているにすぎず、他の実際の証拠を考えずにたった数フレームを引き合いに出して彼らがいること、隠されたメッセージがあることを主張しています。しかし、今日でも人気があり、広く陰謀論として議論されています。


キューブリックの死後に発表されたインタビュー
2015年12月にキューブリックがNASAの月面着陸の偽装を手伝ったことを認めるインタビュー動画が広まりました。
撮影は死亡する3日前で死後15年経ったら公開するという条件となっていました。

Stanley Kubrick Confesses To Faking The Moon Landings 
1:14 I perpetrated a huge fraud on the American public, which I am now about to detail, involving the United States government and NASA, that the moon landings were faked, that the moon landings ALL were faked , and that I was the person who filmed it.

私はアメリカ国民に巨大な詐欺を犯しました。詳しく言うと私がアメリカ政府とNASAに加担しました。NASAは月着陸を偽装しました。すべて偽装でした。私はその撮影を行ったのです。

しかしこの動画はインチキで、男性は既に Tom という役者であることが特定されています。
(※VERIFIED HOAX: Stanley Kubrick Moon Landing Confession Video Proven FAKE 参照 - 4分後から始まるシーンでTomと呼ばれています)

また、本人の晩年の写真と比べても、似つかないそうです。


映画「シャイニング」に出てくる3つの手がかり
①双子のグラディがジェミニのサインに似ている
血まみれシーンがちらつきます。

②タイプライターのシーンで "All" の文字が "A-11" に見える

③ダニーが "Apollo-11 USA" のシャツを着ているシーンがある
 立ち上がります。

考察
はっきりと偽装と言える情報はなかったです。

ただ、おかしいのは疑惑の出元が「2人のいたずら者がキューブリックは月面着陸を偽装したと完全にふざけて提案しました。」となっていることです。
ビル・ケイシングはかなり早い時期からスタンリー・キュービックの関与を疑い指摘していました(※アポロ計画捏造説について⑬ビル・ケイシングの陰謀論 参照)。
にもかかわらず、いたずらから始まったと思わせるミスリードとなる情報を出しています。

キューブリックのインタビュー動画も怪しいです。
本当に月に行っていたとすれば、このような明らかに嘘と分かる動画を作る必要もありません。
NASAや政府が作るなら、ビンラディンみたいにばれない影武者を用意することぐらいたやすいはずなのです。
月面着陸の確かな証拠を出すのではなく、陰謀論者をあざ笑う手法を取っています。

この点で、間違いなくキューブリックが月面着陸の偽装撮影に関与していたと言い切れます。

アポロ計画捏造説#70 につづく

参考URL
Wikipedia - スタンリー・キューブリック
Wikipedia - Stanley Kubrick
http://rationalwiki.org/wiki/Stanley_Kubrick
同時多発テロはヤラセだよ!
http://shootingstanleykubrick.com/
http://tocana.jp/2015/12/post_8421_entry_3.html

アポロ計画捏造説#68 アーサー・C・クラークについて

アポロ計画捏造説#67 では、 プルトニウム238の原子力電池を使った宇宙開発プログラムについてまとめました。

今度は原子力電池を1945年に予想したアーサー・C・クラークについてまとめようと思います。

というのも、アーサー・C・クラークは原子力電池を予想しただけでなく、ビル・ケイシングのアポロ陰謀論の中ではアポロ計画の脚本を作成したとも述べられているからです。(※アポロ計画捏造説について⑬ビル・ケイシングの陰謀論 参照)


アーサー・C・クラークとは
イギリス出身のSF作家、サイエンスライター、未来志向派、海底探検家、テレビ司会者。1917年生まれ2008年没。代表作に「2001年宇宙の旅」、「幼年期の終り」、「宇宙のランデヴー」、「楽園の泉」などがありました。生涯にわたって宇宙旅行支持者でした。


概要
1950年代から1970年代にはロバート・A・ハインライン、アイザック・アシモフと並んでビッグ・スリーと称されるSF界の大御所として活躍しました。

第二次世界大戦中、1941年から1946年まで、イギリス空軍にてレーダー技師を務めました。1945年には人工衛星による通信システムを提案しました。1946年から1947年まで英国惑星間協会の会長を務め、1951年から1953年にも再び会長を務めました。
1956年、スリランカに移住し、死去するまでほとんどの期間をそこで過ごしました。

1969年7月20日、アポロ11号の月面着陸の時には、コメンテーターとしてCBSに出演しました。

2007年9月、NASAの探査機カッシーニが土星の衛星をフライバイしたことについて、クラークがビデオで歓迎の言葉を送りました。

クラークはキャロル・ロジンによって設立された宇宙協力機関(Institute for Cooperation in Space)の名誉理事長で、ウェルナー・フォン・ブラウンによって設立された宇宙擁護組織の国立宇宙協会の理事会も勤めました。(※ウェルナー・フォン・ブランについては アポロ計画捏造説⑱アポロ計画捏造説#38アポロ計画捏造説#61 を参照)

クラークはホモセクシャル、小児性愛者であり、またハイレベルのフリーメーソンでもありました。(※フリーメーソンについては アポロ計画捏造説#43 を参照)


静止衛星についての寄与
静止衛星の概念そのものはクラークの発明ではありませんでしたが、人工衛星による電気通信のリレーというアイデアはクラークのものです。1945年にそのアイデアを論文にし、英国惑星間協会の主要メンバーに見せました。その論文を改稿したものを同年10月に科学雑誌“Wireless World”へ寄稿し、現在、通信の基幹となっている衛星通信の構想を初めて科学的に示したとされています。クラークは宇宙開発に関する科学解説書もいくつか書いており、「宇宙の探検」(1951年) と「The Promise of Space」(1968年) が特に有名です。赤道上空高度36,000kmの静止軌道を衛星通信に利用するというアイデアを提唱したことから、国際天文学連合はその軌道を公式に「クラーク軌道」と名付けました。


2001年宇宙の旅
アーサー・C・クラークとスタンリー・キューブリックのアイデアをまとめたストーリーに基づいて製作された、SF映画およびSF小説。映画版はキューブリックが監督・脚本を担当し、1968年4月6日にアメリカで公開されました。

小説版が原作として先に書かれたものであると勘違いされることが多いのですが、小説は映画の公開の後に発表されている上、その小説にはアーサー・C・クラーク独自の解釈がかなり取り入れられていることからも、小説版と映画版は明確に区別する必要があります。
小説ではクラークの意向により、木星を利用したスイングバイという設定を用い、土星と木星両方にディスカバリー号を行かせています。

後にクラークが執筆した「2010年宇宙の旅」はパラレルワールドとされ、ストーリーの多くの部分は続編の形を取りながら、主な舞台は木星周辺となっており、そこだけは映画版と同一になっています。「宇宙の旅」シリーズは、更に「2061年宇宙の旅」「3001年終局への旅」と、計4作執筆されており、シリーズ作品全ての作中設定は前作までの多くの部分を踏襲してはいるのですが、基本的にはパラレルワールドであるとあとがきやまえがきで触れられています。

「2001年宇宙の旅」については、スタンリー・キューブリックと共同でアカデミー賞脚本賞にノミネートされました。

「2001年宇宙の旅」以降、クラークは科学コメンテーターとしてメディアによく登場するようになり、特にアポロ計画についてコメントを求められることが数多くありました。アポロ13号の指令船は「2001年宇宙の旅」に因んで "Odyssey" と呼ばれました。


サイエンスライター
クラークは宇宙旅行の概念を一般的なものにしました。1950年には専門家でない一般の人向けに宇宙旅行の基礎を解説した「惑星間飛行」を執筆しました。その後も「空間の探査」(1951年)、「宇宙船の挑戦」(1959年)、「空からの声」(1965年)、「宇宙の約束」(1968年)、「第三惑星からのレポート」(1972年)といった宇宙旅行についての本を出版しました。


考察
アポロ計画の偽装に直接関与したという明確な証拠はありませんでしたが、アポロ計画、NASAにものすごく深くかかわっていたことが分かりました。スイングバイははじめはクラークによって作られたSF上の設定でしたが、現実にNASAで取り入れられたということも分かりました。アポロの偽装を擁護する活動もたくさん行っていました。

スイングバイはアポロ計画でも用いられており、アポロ月面着陸の脚本を書いたのはアーサー・C・クラーク以外に考えられないと思いました。

また、アポロ計画の直前にスタンリー・キューブリックと共同で映画を撮影しており、クラークがアポロに関与しているなら、スタンリー・キューブリックも関与しているのはまちがいないと思います。キューブリックの疑惑の方が有名ですけどね。

次はスタンリー・キューブリックについて、まとめようと思います。

アポロ計画捏造説#69 につづく

参考URL
Wikipeida - アーサー・C・クラーク
Wikipeida - 2001年宇宙の旅
Wikipeida - Arthur C Clarke
https://aplanetruth.info/2015/08/20/the-occult-roots-of-nasa-and-the-ongoing-fraud-part-2/

アポロ計画捏造説#67 プルトニウム238の原子力電池を使った宇宙開発

アポロ計画捏造説#66 では、 アポロ計画で開発されたプルトニウム238の原子力電池がインチキだったことをまとめました。

今度はこの技術を使った宇宙開発プログラムをまとめようと思います。


原子力電池の歴史
アーサー・C・クラークは1945年に出版された無線世界マガジン誌(Wireless World magazine)の中で、「宇宙船は、熱電対の利用によって、その運用期間は無期限に伸びるかもしれない」と述べました。
原子力電池は1950年代にマウンド研究所で発明されました。
人工衛星では1960年代から使用されてきました。その時の燃料(放射性同位体)は濃縮ウランやU235などでした。現在は太陽電池を用いています。
宇宙探査機では小惑星帯よりも内側で活動する探査機は太陽電池、外側で活動する探査機は原子力電池が使われました。2011年には太陽電池の性能が向上し、木星軌道までは太陽電池でまかなえるようになりました。
1970年代にはシベリアや北極などの僻地や医療などにも原子力電池は使われました。


プルトニウム238の特徴と採用された技術
効率が良く、防御壁が不要であり、ガンマ線や中性子線もほとんど放出されず、核拡散のリスクがないという特徴をもち、アポロ月面パッケージ、宇宙探査機、および医療(原子力ペースメーカー)の原子力電池にプルトニウム238が使用されました。
なお、原子力ペースメーカーはその後すぐにリチウム電池に置き換えられました。


プルトニウム238を利用した宇宙探査ミッション
名前 & モデル 使用 探査ミッション 打ち上げ時期
SNAP-27 アポロ12号-17号 ALSEP
1969.11 - 1972.12
SNAP-19 パイオニア10号 木星
1972.3
パイオニア11号 木星/土星
1973.4
modified SNAP-19 バイキング1号 火星
1975.8
バイキング2号 火星
1975.9
MHW-RTG ボイジャー1号 太陽圏外
1977.9
ボイジャー2号 木星/土星/天王星/海王星
1977.8
GPHS-RTG ガリレオ 木星
1989.10
ユリシーズ 太陽周回
1990.10
カッシーニ 土星
1997.10
ニュー・ホライズンズ 冥王星/太陽系外
2006.1
MMRTG キュリオシティ 火星
2011.11
ASRG ディスカバリー計画 ミッションにより異なる
1992 -
Wikipedia - 放射性同位体熱電気転換器 参照


考察
しかし、アポロ計画の月面着陸は偽装であり、原子力ペースメーカーも不可能な技術であることが確認できました。(※アポロ計画捏造説#66 プルトニウム238でアポロ月面パッケージの電力は生成可能なのか? 参照)
そして、宇宙探査機ではこれだけの応用例をもちながら、プルトニウム238の地球上での他の応用例は嘘だった原子力ペースメーカー以外一切ありません。

つまり、プルトニウム238特有の(すばらしい)特徴はでっちあげであり、これら宇宙探査機のミッションはすべて偽装だったことを意味しています。

アポロ計画捏造説#68 につづく

参考URL
Wikipedia - プルトニウム238
Wikipedia - 放射性同位体熱電気転換器
Wikipedia - 原子力電池

アポロ計画捏造説#66 プルトニウム238でアポロ月面パッケージの電力は生成可能なのか?

アポロ計画捏造説#65 では、 マウラー社の16mmフィルムカメラについてまとめました。

ここ3つの記事でカメラについての技術資料をまとめたのですが、ちょっと戻ってアポロ計画捏造説#56の記事から考察をしてみたいと思います。

アポロ計画捏造説#56 では、WikipediaのApollo Lunar Surface Experiments Package(アポロ月面実験パッケージ)を訳しました。

その時にアポロ月面パッケージの実験装置の電力は放射性同位元素熱電発電機(RTG)で発電され、プルトニウム238とサーモカップルの放射性崩壊熱を利用し、およそ70ワットの電力を生成することをまとめました。

これが実現可能なのかを検討したいと思います。

プルトニウム238について
  • 半減期が87.7年の比較的寿命の短い放射性同位体。
  • 崩壊熱を利用しゼーベック効果によって電力を生み出す放射性同位体熱電気転換器 (RTG) には都合が良い。
  • プルトニウム238の崩壊エネルギーは1kgあたり540W。
  • 放射線の外部漏洩を防ぐ鉛防護壁の厚さは2.5mm以下で済み、適切な格納容器があれば防護壁が不要である場合が多い。
  • 宇宙探査機用の原子力電池によく用いられている。
  • プルトニウム238のRTGは、1960年代から一部の埋め込み型の心臓ペースメーカーに使われていた。リチウム電池の性能が向上した1970年代からは使われなくなった。
参考URL: Wikipedia - プルトニウム238

アポロ11号は1969年7月なので、その時には既に心臓ペースメーカーで実用化していたということでしょうか。


ゼーベック効果について
  • 物体の温度差が電圧に直接変換される現象で熱電効果の一種。
  • 異なる金属または半導体に温度差を設けると電圧が発生することを利用している。
  • この電圧は温度差 1 K あたり数 μV 程度の大きさである。
参考URL: Wikipedia - ゼーベック効果

つまり金属の温度差で電圧を作るということのようです。


次は論文を参照します。

心臓ペースメーカーと原子力応用
http://ir.twmu.ac.jp/dspace/bitstream/10470/2301/1/4402000008.pdf
この記事では下記のように書かれています。
  • The first human implantation of a nuclear pacemaker was performed in France in 1970.(P. 51)
    (原子力ペースメーカーが初めて人に利用されたのは1970年フランスであった。)
  • 原子力ペースメーカーは、1970年4月パリで47才の婦人に行われた。(P. 52)
  • Establishment, Harwe11で製作された238Pu 180㎎を用いた出力220μwatt、長さ40㎜,直径17㎜の円筒状、重量409の原子力電池を、Devices社のディマンド回路に組込んだペースメーカーである。(P. 52)
1970年4月というのはアポロ11号とアポロ12号が月に着陸した後になります。
いくらプルトニウムが熱を発すると言っても、長さ4cm、直径1.7cmの大きさの中で温度差を維持できるのでしょうか?温度差が無ければゼーベック効果は得られないはずです。


別の論文を参照します。

心臓ペースメーカにおける制御機構の低消費電力化
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsmbe/51/6/51_366/_pdf
この記事は2013年の資料で下記のように書かれています。
  • 従来法、マルチクロック手法及びクロックレス手法の総消費電力は、それぞれ164.5mW(内、制御機構136.1mW、ページング機構17.5mW、センシング機構10.9mW)、99.9mW(同、71.5mW、17.5mW、10.9mW)、及び24.8mW(同、3.5mW、16.8mW、4.5mW)であった。(P. 371)
つまり、2013年の技術で心臓ペースメーカーの消費電力は抑えられるようになり、136.1mWから99.9mWまたは24.8mWになったという説明です。
上の「心臓ペースメーカーと原子力応用」の論文では1970年の原子力ペースメーカーの消費電力が220μwattとなっています。0.2mWです。これはどう考えても、ありえません。


原子力ペースメーカーはインチキです。


原子力ペースメーカーが初めて使われたのは1970年だったので、Wikipediaのプルトニウム238に書かれていた「プルトニウム238のRTGは、1960年代から一部の埋め込み型の心臓ペースメーカーに使われていた。」もおかしいです。この出典をチェックします。

Los Alamos made material for plutonium-powered pumper
http://www.lanl.gov/orgs/nmt/nmtdo/AQarchive/05spring/heart.html
この記事では下記のように書かれています。
  • 1960年代に始まった新規プログラムでは、研究所は心臓の失神を助けるためのプロジェクトを始めました。1967年、ロスアラモス科学研究所は新しいミッションを探索しました。人工心臓の力を数十年続けられる自己充足タイプのエネルギー源を発達することです。エネルギー源は、「宇宙計画プルトニウム238」のために1963年に開発された同じ材料によって電力を供給されることになります。プルトニウム238の放射性崩壊熱は、直接使用するか、宇宙探査などに電力を生成するために使用されます。
出典には1960年代に研究が始まったとは書かれていますが、心臓ペースメーカーが1960年代に実用化されていることは一切の記述がありませんでした。
また、原子力電池は宇宙開発計画(つまりアポロ計画)のために研究されたということです。


これはアポロ計画で使われた原子力電池そのものもインチキだったということを示しています。


余談ですが、これらを調べている中で、ピンク・フロイドというバンドのアルバム「原子心母」にもたどり着きました。
1970年7月16日の新聞記事に、ロンドンの国立心臓病院で原子力電池駆動の心臓ペースメーカーの植込み手術に成功したというのがあり、これを元に「Atom Heart Mother」というタイトルが決定したということです。

全英初登場1位、全米55位を記録するなど世界的にヒットしました。


アポロ計画捏造説#67 につづく

アポロ計画捏造説#65 マウラー社の16mmフィルムカメラ

アポロ計画捏造説#64 では、 ハッセルブラッドカメラについての補足についてまとめました。

今度はマウラー社の16mmフィルムカメラについてまとめようと思います。

このカメラは Wikipedia では扱っておらず、また NASA の技術資料はいろんな資料に断片的に書かれているので、いろいろなところから資料を集めてつぎはぎでまとめています。

マウラー社の16mmフィルムカメラ(The Maurer 16mm Data Acquisition Camera)

マウラー社の16mmフィルムカメラ(DAC)は、月着陸船が着陸や接近オペレーション中にパイロット(LMP)の窓から撮影したムービーがもっとも有名です。また、月面で撮影したすべての映像証拠(地球に送信したビデオと混乱しないように))はDACを用いて行われました。また、アポロ11号では、毎秒1フレーム(fps)の設定で、EVA活動のほとんどすべてを月着陸船パイロット(LMP)の窓からストップ・モーション撮影を行いました。アポロ12号では月面作業用のキャリアに取り付けられ、アポロ14号ではMETに取り付けられ、J-Seriesミッションでは月面車(LRV)に設置されました。J-Seriesが使われたアポロ15号と16号の2つのミッションでは、1 fps の設定で月面車のルートに沿って地形を記録するのに使われました。このシステムのわずかに異なったバージョンがあって、司令・機械船(CSM)に取り付けられドッキング操作といったオペレーションを撮影しました。
システムの主要な要素を示す簡単な略図。

トレーニング中の写真から。


フレームレートは自動モードの 1 fps、6 fps、12 fps と 半自動モードの12fps があり、それぞれ 93.3、15.5、7.8、3.7分の記録時間となっていました。フレームレートで緑色の光パルスが放たれました。基準マークがフィルムに記録されました。カメラは手に持たれて使われたり、月着陸船の窓に設置されたり、月面車に設置されたりして使われました。カメラの電源は、28-vdc ユーティリティコンセントを通じて、宇宙船の電気システムから供給されました。カメラの操作は正面にあるオン・オフスイッチによって手動で行われました。カメラの重さはフィルムマガジンよりも軽くて、0.8 kg でした。宇宙船のランデブーウインドウに取り付けられた時、視界のカメララインは司令船のX軸に対して平行(+2度)でした。カメラの付属品には次のようなものがありました。電源ケーブル、フィルムマガジン、レンズ、直角ミラーそれと環形照準器、これらは後ろで詳しく説明しています。リモコンケーブルも使われました。
電源ケーブル
電源ケーブルは宇宙船の電力システムと16mmカメラを接続します。ケーブルの長さはおよそ2.74mで、重さはおよそ 0.4 kg です。28ボルトのユーティリティレセプタクルが宇宙船パネルの15番、16番、100番に配置されています。

16mm フィルムマガジン
各ミッションのフィルムは、グローブをはめた乗組員でも簡単に取り付けおよび取り外しのできる、、あらかじめ組み込まれたフィルムマガジンで準備されました。フィルムの容量は薄型フィルムの 40m です。フィルムを入れたマガジンの総重量はおよそ 0.4 kg です。フレームレートに対するマガジンの利用可能時間は 1 fps で 87 分から 24 fps で 3.6 分となっています。各マガジンはフィルム残量表示とフィルムの端には赤色の光の表示が付いていました。将来的には 120m の容量のフィルムマガジンにする計画があります。供給されるフィルムの量やタイプはミッション要件によって決められます。

レンズ
16mm のカメラを使うのに、3つの焦点距離の異なるレンズが提供されます。

10 mm
広角レンズ、視野は41.1度×54.9度。船内活動で詳細画像が必要な時に使われました。F1.8から22までの絞り開口で焦点は15cmから無限大までとなっています。グローブをはめた手で絞り目盛りや距離をセッティングするために2つのスパイク状のハンドルが付いています。

18mm カーン
やや広角に設計され高い光学品質のレンズ。主な用途は宇宙船-宇宙船の撮影で、左右のランデブー窓の所にブラケット接続されます。直角ミラーを使用することのできる最も広い広角レンズとなっています。このレンズは通常はカメラにしまってあります。視野角は24×32度、重量は約360g、グローブをはめた手で絞り目盛りや距離をセッティングするために2つのスパイク状のハンドルが付いています。この改良されたレンズはEV宇宙服を着ているときにも読めるよう大きな番号で書かれています。

75mm カーン
優れた光学特性を持つよう設計された望遠レンズ。主な用途は遠くの物体や地形の写真のためです。通常は窓に設置されたカメラで使用されます。視野角は6×8度、重量はおよそ360gです。このレンズは新しい18mmレンズに見た目が似ており、グローブをはめた手で絞り目盛りや距離をセッティングするために2つのスパイク状のハンドルが付いており、大きな数字が印字されています。また、サンシェードもついています。

直角ミラー
このアクセサリーは、16mmカメラとレンズにブラケット接続されたとき、乗組員の干渉を最小限に抑えつつ、司令船のX軸に平行となる視野のラインに沿って、宇宙船のランデブー窓からの撮影をしやすくします。バヨネット方式のマウントで18mmや75mmレンズを取り付けます。

環形照準器
このアクセサリーは、カメラが手持ちの時に、16mmカメラで照準を合わせる補助部品といて使われました。明暗のついた円形リングは、のぞきこむとビューが多重に見え、視野角を決めるのに役立ちます。Cレールでスライドする金属板がカメラに装着されています。また、70mmカメラでも使われています。

DACカメラマウント
このデバイスは無重力の宇宙船の左右ランデブー窓に16mmカメラを飛行途中で取り付けるのを簡単にします。マウントはどちらかのランデブー窓に合わせたアダプターに取り付けることのできる急速着脱式の手動グリップです。カメラは、ノブによってカメラに対してねじ止めされているフリクションロックとスライドレールを使って、マウントに取り付けます。2つのマークされた停止ポイントは、一つは18mmレンズ用、もう一つは75mmレンズ用の、窓にカメラを正しく設置するためのものです。マウントの位置調整は、設置されたカメラ・レンズの視野からのラインは司令船のX軸と+1度の誤差で平行となります。

16mmカメラの六分儀アダプタ
16mmカメラは、月周回中の司令船の六分儀を通じて六分儀アダプタを使うことにより、月の写真を撮るのに使われます。アダプタは、ガイダンスとナビゲーションパネル122SXTソケットに直接マウントする、約20センチの長さの光学ユニットです。カメラはバヨネットを使ってアダプタに接続されます。

DACタイミングケーブル
DACタイミングケーブルの機能は、16mm DACに28V DCの電源を供給し、RHEBパネル227とPCMジャンクションボックスにシャッター信号を送ることです。DACタイミングケーブルは、終端にコネクタを付けて、80cmの長さがあります。DACコネクタはオレンジのマークが付いていて、P1 - DAC PWR とラベルされています。パネル227のコネクタは2mの大きさがあり、青みがかったグレーのマークが付いており、P2 - PNL 227とラベルされています。打ち上げの時点で、ケーブルは巻かれて、ユーティリティストラップで固定されて、L2に収納されます。右側のランデブー窓でDACをマウントした後、DACタイミングケーブルは取り出され、コネクタ(P1 - DAC PWR)がカメラに取り付けられます。パネル227のSC1 INST PWR スイッチがOFFになっているのを確認し、ケーブルコネクタ(P2)がパネルレセプタクルに接続され、パネルスイッチをPWRにします。カメラ操作時には、シャッター信号がPCMジャンクションボックスに送られます。

16mmカメラの操作
カメラマウント(グリップ)を収納ボックスから取り出し、ランデブー窓のダブテール(V字型の継ぎ手)に取り付けられます。16mmカメラとアクセサリーが必要に応じて取り出されます。レンズを選んで装着します。直角ミラーはオプションでレンズに取り付けられます。リングも必要に応じて手持ち時カメラに取り付けられます。フィルムマガジンがカメラに取り付けられます。適切な露出を決めます。レンズ口径と焦点を設定します。カメラモード(フレームレート)とシャッタースピードを設定します。電源ケーブルをカメラに取り付けます。必要なら、カメラを窓に取り付けるためのマウントを設置します。ユーティリティパワースイッチをオフに設定し、カメラの電源ケーブルを正しいコンセントにつなぎ、そしてユーティリティスイッチをPowerにします。フィルム撮影操作はカメラ正面にあるOperateボタン(スイッチ)を押すことによって始まります。カメラを停止する際には、Operateボタンを再度押します。


アポロ計画捏造説#66 につづく

参考URL
http://www.ninfinger.org/karld/My%20Space%20Museum/apollocams.htm#DAC
http://www.lpi.usra.edu/lunar/missions/apollo/apollo_15/photography/
http://www.history.nasa.gov/ap16fj/02photoequip.htm

アポロ計画捏造説#64 ハッセルブラッドカメラについての補足

アポロ計画捏造説#63 では、 NASAの技術資料APOLLO-11 HASSELBLAD CAMERAS(アポロ11号のハッセルブラッドカメラ)を訳してみました。

今度は訳した内容について少し補足説明をしてみたいと思います。

各ミッションごとのハッセルブラッドのカメラ数 / マガジン数 / 撮影枚数
70mm カメラ数
マガジン数
撮影枚数
アポロ4号
1
1
713
アポロ6号
1
1
373
アポロ7号
1
9
531
アポロ8号
2
7
865
アポロ9号
6
(2つは私物)
11
1373
アポロ10号
2
9
1436
アポロ11号
4
9
1408
アポロ12号
7
(3つは私物)
14
2119
アポロ13号
4
(2つは未使用)
5
604
アポロ14号
4
14
1338
アポロ15号
5
19
2640
アポロ16号
4
22
2801
アポロ17号
4
23
3581
参考URL
Apollo Image Atlas - 70mm Hasselblad Image Catalog

注意
#63 NASAの技術資料APOLLO-11 HASSELBLAD CAMERAS(アポロ11号のハッセルブラッドカメラ)を訳してみました ではアポロ11号で使われたハッセルブラッドカメラは3つと書かれていましたが、ここでは4つとなっています。


月面で利用されたカメラは12台
月面で利用されたのは500ELを特別に改造したEDC(エレクトリック・データ・カメラ)というタイプなのですが(ハッセルブラッドのHをつけてHDCということもあります)、これは12台となっています。
12台のカメラは月面上に投棄されました。積み荷を軽くするためです。(ハッセルブラッドEDCの重量は25kg)
アポロ15号で使われたカメラが競売にかけられたニュースが2014年にありました。ジェームス・アーウィンが使用したこのカメラは雨の海(Mare Imbrium)の腐敗の沼(Palus Putredinis)という高地にあるハドレー谷(Hadley Rille)付近で299枚の写真を撮影しました。フィルムマガジンが詰まったため、例外で持ち帰ってきました。
アポロ15号が月から持ち帰ったとされる
ハッセルブラッド・データ・カメラ
(画像:Westlicht)

注意
アポロ15号のカメラが月面で投棄されたという12台の中に含まれているのか、それとも合計13台なのかは公式な情報がなく、分からなかったです。(※後付けで出してきただけの可能性もあります。私はねつ造派だからそれでもいいです。)

参考URL
http://wired.jp/2013/07/27/apollo-hasselblad/
https://en.wikipedia.org/wiki/Hasselblad#Hasselblad_cameras_in_space
http://newatlas.com/apollo-15-camera-auction/30692/


望遠レンズはアポロ15号から
アポロ15号から500mmの望遠レンズが追加されました。
望遠レンズ付きのハッセルブラッドデータカメラ
(画像:NASA)

参考URL
https://en.wikipedia.org/wiki/Hasselblad#Hasselblad_cameras_in_space


その他のカメラ
月面にまで持ち込まれたことでハッセルブラッドのカメラが大きくクローズアップされていますが、司令船ではニコンのカメラが使われたりもしました。

また月面では次のようなカメラも使われました。
  • アポロ月面クローズアップカメラ(ALSCC)(アポロ11号、12号、14号)
  • 月地形探査カメラ(アポロ14号)
  • 遠紫外カメラ(FUVC)(アポロ16号)

参考URL
http://www.ninfinger.org/karld/My%20Space%20Museum/apollocams.htm
http://www.ninfinger.org/karld/My%20Space%20Museum/alsep01b.htm#alscc
http://www.lpi.usra.edu/resources/apollo/catalog/alscc/


マウラー社の16mmフィルムカメラもあるのですが、それは次まとめようと思います。

アポロ計画捏造説#65 につづく

アポロ計画捏造説#63 NASAの技術資料APOLLO-11 HASSELBLAD CAMERAS(アポロ11号のハッセルブラッドカメラ)を訳してみました

アポロ計画捏造説#62 では、 米ソ宇宙開発競争についてねつ造派の視点でまとめました。

今度はNASAの技術資料APOLLO-11 HASSELBLAD CAMERAS(アポロ11号のハッセルブラッドカメラ)を訳してみました。

このページはNASAの技術資料を訳しただけの公平な内容ですが、ブログ全体はアポロ捏造説について書かれています。人によっては受け付けないと思いますので、そういう人は他のページは参照されないよう、くれぐれもご注意ください。

APOLLO-11 HASSELBLAD CAMERAS(アポロ11号のハッセルブラッドカメラ)

アポロ11号のフライトで、カメラ装置は包括的に持ち込まれました。通常のテレビカメラやオンボードの小型フィルムカメラに加え、月面上で近距離の立体撮影をするための特殊なカメラがありました。そして、この記事を書くにあたってもっとも重要な、3つのハッセルブラッド500ELというカメラもありました。
500ELの2つはアポロ8号、9号、10号のフライトで使われたものと同一のものでした。それぞれが独自のツァイス・プラナー F-2.8/80mm レンズを持っていました。ツァイス・ゾナー F-5.6/250mm 望遠レンズも搭載されました。500ELの1つは、望遠レンズを持っており2つのエキストラ・マガジンを持っていて、アポロ11号のフライト中ずっと司令船に置かれていました。もう1つの500ELは、2つのエキストラ・マガジンを同様に持っていて、月着陸船に置かれました。最後の1つも月着陸船ですが、宇宙空間に初めて持ち込まれたハッセルブラッド500ELデータカメラで、まさにそれが月面上で使われました。
データカメラは、他の2つの500ELと同様に、標準の500ELカメラを改造したものですが、いくつかの点において他の2つとは異なっていました。

(1)データカメラにはいわゆる十字プレート(Reseau plate)が取り付けられました。十字プレートはガラスで作られ、カメラ本体の後ろフィルム面にかなり近いところに付けられました。プレートはレチクルを形成するための多数の十字マークが刻まれました。マークの間隔は10mmであり、許容誤差は0.002mmと極めて正確に測られました。大きな中央の十字マークを除いて、十字マークの4つのそれぞれの枝は長さ1mmで幅0.02mmでした。十字マークは各露出フレーム上に記録され、視野内のオブジェクト間の角距離を測定する手段となりました。

(2)データカメラは新しいツァイス・レンズ、NASAのために特別に設計されたビオゴン F-5.6/60mm、を取り付けました。これはのちに商品化されて利用されることになりました。キャリブレーションテストは高品質で歪みの少ない画像を得るために、カメラに取り付けたレンズで注意深く行われました。さらに、カメラのレンズには、簡単に取り外すことのできる偏光フィルターが取り付けられました。

(3)データカメラは、太陽に当たる所から影になる所までのさまざまな熱変動に耐えて内部温度を均一に維持できるよう、銀仕上げが行われました。データカメラと一緒に持ち込まれた2つのマガジンも銀仕上げがされました。それぞれにはテザーリングが付けられており、月着陸船パイロットが月面上で月着陸船から司令官へカメラとそれに装着されたマガジンをおろした時に、コードがつなげられました。露出されたマガジンは同じようにして巻き上げられました。

(4)データカメラは静電気が蓄積されないように改造されました。フィルムがカメラに巻かれた時、静電気がフィルム表面上に発生します。通常、この電気はフィルムをガイドする金属製リムとローラーによって、また空気の湿度によって、消失します。しかしながら、十字プレートを取り付けたカメラでは、フィルムはプレート上の盛り上がった縁を使ってガイドされます。ガラスは導電体ではないので、ガラス表面に蓄積された電荷はひどくなり、特にカメラが非常に乾燥した環境や真空で使われる場合では、プレートとフィルムの間で火花が発生してしまいます。火花はフィルム上に望まれない模様を作り出すし、もしカメラが純粋な酸素の環境で使われたとしたら大惨事になる可能性もあります。データカメラの十字プレートから静電気を取り除くために、プレートのフィルムに面している方は非常に薄い導電層でコーティングされ、2つの接触ばねによってカメラ本体の金属部分に通電されます。接触は導電層上にある2つの突起した銀被覆によって引き起こされます。十字プレート、あるいはレジスターガラスは、写真撮影術の中で特に目新しいものではありません。しかし、最も目覚ましいことは、カール・ツァイスと共同でNASAのカメラプロジェクトで働いたハッセルブラッドのスタッフのグループが、ハッセルブラッド500ELデータカメラのような小さなカメラに、そのアイデアを適用することができたということです。このカメラが宇宙での撮影に役立つというだけでなく、航空写真のようなものすべてに特に適しているということです。航空写真のために過去に生産された専用のカメラは大きくて、大きなフォーマット(しかも否定的な)向けであり、つまり値段も高いということを意味していました。十字プレートのついたハッセルブラッド500ELデータカメラによって小さくて比較的低コストのカメラを生産できるようになり、航空写真業にも満足のいく結果となりました。
最後に、アポロ11号で使われたフィルムは他のフライトで使われたのと同じタイプで、コダック社の薄くて乳剤でできていて二重に穴をあけた特殊な70mmフィルムでした。それは1回のローディングでカラーなら160枚、白黒だと200枚の写真が撮影できました。

アポロ計画捏造説#64 につづく